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「The Witch 魔女」 [WOWOW]




The Witch 魔女(字幕版)

The Witch 魔女(字幕版)

  • 出版社/メーカー:
  • 発売日: 2022/07/14
  • メディア: Prime Video


ある特殊な施設で育ったジャユン。8歳のときに逃げ出し、記憶を失ったジャユンは助けてくれた酪農家の娘として暮らすことに。そして、10年余の歳月が過ぎ、ジャユンは頭に異変を感じるようになる。手術費用と経済状況が厳しい養父母のため賞金が出る歌のオーディションを受けることを決意。しかし、テレビ番組で、あるマジックを披露したことで謎の男たちから追われることになる…!

めでたくWOWOWで続編放送。
で、観ようとしたんだけど、
余りに時間が経ちすぎて前作の細かいところを忘れているw。
自慢じゃありませんが、
ここ数年の記憶は本当に残っていませんw。
それが老化なのか、
もはや認知症なのかも判別できませんw。
ただ忘れているからにはもう一度観ないと。

本当に凄まじい血糊の量。
冒頭から血まみれ。
おまけにアクションが半端じゃない。
正体を隠しているときと、
表したときからの表情の変化、
演技の変化が凄まじい。
そして以前観た時は気付かなかったけれど、
あの子はチェ・ウシクだったのね。
と言うことは、
これを観たときは「パラサイト」の前だったのか。

未見の方は是非。
これぞ韓国ノワールの新しい形。
WOWOWじゃ「ファンタジー」とか言っているけど、
これはもう究極のスリラーだから。
そして本来ならハリウッドで作られてもおかしくない、
そういうレベルの脚本と演出と演技。

今日は時間切れで残念。

早いところ忘れないうちに続編を観ないと。
ああ、あのクスリが欲しいw。

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「探偵マリコの生涯で一番悲惨な日」 [WOWOW]




探偵マリコの生涯で一番悲惨な日

探偵マリコの生涯で一番悲惨な日

  • 出版社/メーカー:
  • 発売日: 2023/10/04
  • メディア: Prime Video


新宿ゴールデン街、三番街にある小さなバー「カールモール」のカウンターに立つ女マリコ(伊藤沙莉)。日々バーテンとして常連の相手をしているが、実はもう一つの顔を持っていた。それは探偵稼業だ。ある日、とある組織から「歌舞伎町に紛れ込んだ宇宙人を探してくれ」という依頼をうけ、恋人の自称忍者MASAYA(竹野内豊)の協力のもと、宇宙人に迫ってゆくのだが……

オムニバス形式なので、
なんとなくずっと見てしまう。
と言うか、
そうやって引っ張る力が伊藤沙莉にはある。
そしてそのエピソードに登場する役者もすごい。
宮藤さん式に言えば、
「北村有起哉の出ている映画は良い映画だ」。

ただねぇ。
もはやこんなトンデモ映画とは思っていなかった。
本筋はハードボイルドなんだけど、
いきなり宇宙人の捜索から始まる。
恋人は自称忍者、道場も開いているけれど、
国民健康保険も国民年金も払っちゃいない。
「ミッドナイトスワン」の内田監督、
「さがす」の片山監督なので期待したが、
なんとなくコメディセンスが空回り。
本筋のハードボイルドはさすがだなぁと思うし、
マリコの設定も良かった。

で、話が切り替わる度に、
「生涯で一番悲惨な日」っていつなんだろう?と思うけど、
それはラストまでのお楽しみ。
いや、マジでこんな悲惨な日はない。
可哀相と言うよりは、
「よくやった!」なんだけど、
それでもなんだかスッキリしないのは、
最後の最後のユーモアに全く共感できないから。

売れっ子なのはわかるけど、
伊藤沙莉も仕事は選んだ方が良いなぁ。

監督がいいから俳優も集まる。
だけど出来上がったものは最高とは限らない。
好きな役者と好きな監督だからと言って、
期待しすぎてはいけない。

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「教祖誕生」 [WOWOW]




教祖誕生 [DVD]

教祖誕生 [DVD]

  • 出版社/メーカー: ポニーキャニオン
  • 発売日: 2011/02/25
  • メディア: DVD


【ストーリー】
暇を持て余す大学生の和夫(萩原聖人)はその布教活動のインチキ臭さに興味をひかれ、とある新興宗教団体に加わる。
浮浪者あがりの男(下条正巳)を教祖に据えた怪しい教団―。
その内部では、宗教を金儲けの手段と考え、教団を裏で牛耳っている主管の司馬(ビートたけし)、経理担当の呉(岸部一徳)と、
純粋に教祖を崇める真面目な青年部リーダー・駒村(玉置浩二)達が対立を深めていた。
そんな折、司馬の怒りをかって教団を追われる事になった教祖に代わり、二代目の教祖として、和夫に白羽の矢が立てられるのだが・・・。

ときどきWOWOWって、
こういう映画をリクエストで放送してくれる。
WOWOWの経営は苦しいらしいけど、
配信でも見られない様な映画をかけてくれるのは、
この映画のはなしではなくても貴重な機会なので、
何とか頑張って欲しいなぁと思う。

いきなり下條正巳のすっとぼけ具合にやられる。
それを世俗的な利益だけで利用して、
その気になってきたら金を払って追い出す司馬。
最初は好奇心から参加した和夫は、
いきなり二代目教祖に祭り上げられ、
形だけのはずが修行などするうちにその気になり。

特定の宗教がモデルなのかはわからない。
だけど北野武の目から見れば、
そんな新興宗教もこんなモノなのだろう。
宗教2世の問題が表沙汰になってから、
一時メディアはこぞって特集したが、
生憎その放送を続けられるほど日本は平和でなくて、
今では子どもを虐待する宗教も、
ケツの毛まで抜く宗教も忘れてしまった日本人も多いだろう。
「鰯の頭も信心から」とはよく言ったもので、
良いことが起これば熱心に信じたから、
悪いことが起これば信心が足りないから。
洗脳されてしまえばなんでも教団の思いのまま。

最近ニッポン放送の「テレホン人生相談」を聴くのだが、
あそこに相談をしに来る人のうち、
半分くらいは宗教に転びそうな人たちだ。
「こういうところカラなのかなぁ」
そんなことを思いながら聴いている。
いくらいろいろ訴えてみても、
「嫁が悪い」「息子が悪い」「旦那が悪い」
自分は省みることがない。
そうなるとすがるのは神なのかもしれない。
自分の力ではどうにもならないから、
神にすがって少しでもどうにかしたいと願うのかも。

爽快な話とは言い難いが、
当時から北野組おなじみの、
岸部一徳の怪演ぶりがむしろ格好いい。
これがやがて利休になるのかと思うと、
思いはひとしおである。


北野武なりの歴史観や宗教観。
つくづくこの人の頭って理系だなぁと思う。
下町生まれの下町育ち、
ウェットな情もある人なのに、
こと映画に関しては情ではなく仕組みを描く。
情も「切ること」による情を描く。
そこが昔の五社協定の時代に育った人とは違う。

早く「首」が円盤にならないかな。 

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「異人たち」 [映画]



【ストーリー】
ロンドンのタワーマンションで暮らすアダムは、12歳の時に交通事故で両親を亡くした40代の脚本家。それ以来、孤独な人生を歩んできた彼は、在りし日の両親の思い出に基づく脚本に取り組んでいる。そして幼少期を過ごした郊外の家を訪ねると、そこには30年前に他界した父と母が当時のままの姿で住んでいた。その後、アダムは足繁く実家に通って心満たされるひとときに浸る一方、同じマンションの住人である謎めいた青年ハリーと恋に落ちていく。しかし、その夢のような愛おしい日々は永遠には続かなかった……。

多分日本では評価は分かれるだろう、
それは設定の変更から予想できた。
原作は読んでいないが、
もともとの「異人たちとの夏」に存在した違和感、
不自然さのようなものは健在。
主人公がゲイであること。
それが物議を醸すだろうことはわかる。
しかしそれが「異人たちとの夏」には存在しなかった、
世代と時代を超えた親子のちょっとした断絶を招く。
母親は動揺して受け入れられず、
当時「不治の病」とされたものはどうなったのか?
そのことを心配する。
当然だ。
1980年代にAIDSは死の病だった。
それもゲイの人間たちを中心に感染するため、
宗教的、社会的、道徳的に同性愛を受け入れがたい人たちには、
格好の攻撃材料となった。
2階にあがって幼少時の部屋に入ると、
すでに彼がゲイだったことがわかる。
GIジョーの人形、FGTHのポスター、様々な小物が、
彼の内面を表している。
その部屋に父親は入ろうとしなかった。
主人公はその理由を尋ねる。
この物語は12歳前に死んだ両親と、
本当の自分をわかってもらうための、
理解し合うための対話の時間を取り戻す物語。
そこが元の作品とは決定的に違う。
そして両親と会うようになったなお、
満たされぬ孤独と寂しさを共有し埋め会う存在、
心を開く存在を見つける物語。
最後は訳もわからず涙を流していた。

孤独、
寂しさ、
満たされぬ思い、
時代は変わってもなお、
マイノリティであるという思い。
その切なさを満たせるのは、
無条件の無償の愛だけなのかも知れない。

アンドリュー・スコットという俳優、
今まで見ていたのに全く印象に残っていない。
今回「やけに瞳が大きい人だなぁ」と思って、
その瞳の様子がやけに気になった。
ポール・メスカルは安定の不安定さ。
見るものを不安にさせる不安定な脆い雰囲気。
美しく蠱惑的でありながら、
何かが一緒にいるものを不安にさせる。
ビックリしたのは、
オヤジ役がジェイミー・ベル!
あの「リトル・ダンサー」のジェイミー・ベル!
最初クレジットを見て、
「えーっと、知っている名前だけと誰だっけ?」
で思い出したときのショックw。
でも悪い人じゃないし、
息子のことも理解しようと努めている。

決して派手な作品ではないけれど、
これは意外な拾いものだと思う。
むしろ「異人たちとの夏」は知らなくてもいい。
これはこれで、
非常に現代的に脚色され、
1980年代のヒット曲を背景に、
当時のゲイカルチャーがどんなもので、
マジョリティが向ける視線や抱く認識がどうだったか、
それを繊細に克明に描き出している。

2024年に、
まさかフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドに泣かされるとは。

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「異人たちとの夏」 [Amazon Prime Video]




異人たちとの夏

異人たちとの夏

  • 出版社/メーカー:
  • 発売日: 2015/12/01
  • メディア: Prime Video


妻子と別れ、孤独な日々を送るシナリオライターは、故郷・浅草の街で幼い頃に死別した若い父母とそっくりな二人に出逢った。だが、美しい恋人・ケイは、二人にもう決して逢わないでくれと迫ってくる。渇ききった現代人の生活に、そっと忍び込んでくる孤独と幻想。お伽話といって笑えない不思議な時間と非現実な空間を描く。

町山さんの「異人たち」の紹介で、
俄然観る気になって、
それならこっちも先に観ておかないと、と。 
公開当時から「良い映画」と話題になっていたので、
もちろん認識はしていたけれど、
そう言われると観たくなくなる天の邪鬼w。
なんかもう最初から「お涙頂戴、感動作」って言われると、
「じゃ、良いか」って思ってしまう。

いやー、みんな若いw。
そしてあの当時の風間さんの仲間たちが一杯。 
昔の映画らしくオープニングで大凡のクレジットが出るので、
「本多猪四郎」「高橋幸宏」「ベンガル」「角替和枝」「笹野高史」「「石丸謙二郎」
その名前でわくわくしてしまった。
一番の存在感は本多猪四郎監督。
さすがの貫禄でございました。
で、実は山田太一原作と言うだけで、
他は全く真っ白の状態で見始めたもので、
監督が大林宣彦あることも、
脚本が市川森一であることも知らず。

参った。
クライマックスでいきなりああいう展開になるとは。
もう笑うしかなかった。
ただ両親と過ごす時間は本当に愛おしくて、
頑固な職人がよく似合う鶴太郎の演技と、
可愛くて妙に色っぽいお母ちゃんである秋吉久美子が素晴らしくて、
風間杜夫の内面が子どもに返るようで、
もはや親子として何の違和感も覚えない。
あの時間の愛おしさは胸に染みる。
だからこそ現実に戻ったときの虚しさ、
余計に愛を求める気持ちも理解できる。

でもなぁ。 
あの時代だからしょうがないんだけど、
最後の最後のあの演出はなぁ。 
あれが原作もそうなのだとしても、
映像化は何か他に方法がなかったかな。
でもあの時代のハリウッド映画とかも、
あんな感じの作品と、
二つの映画が合わさったようなのもあった気がする。



これが今回リメイクされた作品の予告。
なんの興味もなかったので観ていなかったけれど、
「ほう、そういう感じで設定を弄ってきたか」と思ったら、
もう観たくて仕方なくなった。
そしてポール・メスカルが出ているし、
こりゃ観ておかないと公開しそうだな、と。

後半を観ちゃうと別物かな、と思う。 
まぁいろいろあったみたいだし、
「期待していない分面白いと思われる」という利重剛のコメントに、
首が落ちるほど頷きたい。

せっかく名作になりかけたのに、
ああ残念。 
あのアパートの絵作りとか最高なのに。

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「RUN/ラン」 [映画]




RUN/ラン(字幕版)

RUN/ラン(字幕版)

  • 出版社/メーカー:
  • 発売日: 2021/11/19
  • メディア: Prime Video


ある郊外の一軒家で暮らすクロエ (キーラ・アレン) は、生まれつき慢性の病気を患い、車椅子生活を余儀なくされている。しかし地元の大学への進学を望み自立しようとしていた。そんなある日、進学の夢も後押ししてくれている母親ダイアンに不信感を抱き始める。ダイアンが新しい薬と称して差し出す緑色のカプセル。クロエの懸命な調査により、それは決して人間が服用してはならない薬だったのだ。クロエは母親から逃げようとするが、その行く手には想像を絶する試練と新たな衝撃の真実が待ち受けていた…。

この映画の公開当時、
「たまむすび」で町山さんが紹介していて、
とんでもない映画だなと思った覚えがある。
親子関係、特に母子関係に、
若干の(なんてものじゃない)トラウマを持つ私は、
面白そうだと思っても観るのが怖かった。
WOWOWで放送されたときに録画したが、
なかなか観る勇気が出なかった。
今回はアマプラでオススメに出てきたから、
「これも運命か」と腹をくくったw。

全てを見終わって思うのは、
「依存ってコワイ」って言うことと、
「あの母親はもし○○の○だったらどうしていたか」
ネタバレだから伏せ字にするけど。
そして因果は巡ると言うことだ。
ただここ数年の間に、
現実にこのような事件が起こっていて、
二番目の疑問は打ち消された。
事実は小説より奇なり。
最近は映画の設定を超えた事件が起こる。
まったくどうにもならない社会だ。
もともとこういう事件は、
広いアメリカで隣人が遠いからこそ成立する、
そういうものだと思っていたが、
今や日本では公共住宅のようなところでも起こる。
なんと隣人との距離が遠いことか。

傍からは美しい親子愛。
正常と異常の境はどこにあるのか。
どこからが毒親でどこまでが普通の親なのか。
線引きは非常に難しい。
ハラスメントと同じで、
受ける側の感情に左右されることは言うまでもないが、
物理的に異常さを露呈していれば、
客観的にも異常さを証明できる。
でも証拠がなければ他人は手出しも口出しもできない。
いつから親子関係がこんなことになったのか。
いや、聖書の時代から同じだ。
カインとアベルの兄弟でさえ、
それぞれに歪んだ愛情と仕打ちで苦しんだ。
その現代版が「エデンの東」だ。

本作は極端なストーリーだが、
これと似たようなことはある。
事件として聴いたことはある。
薬物ではなく物理的に子どもの身体を破壊する。
そんな親も本当にいるのだ。
いつまでも子離れできない親。
娘と服を共有して一緒に出かける母と娘。
たまに出かけると見かける。
この関係もまた本当にただの仲良しなのか、
私にはある意味少し違う気がしている。
健全とはなんなのか。
正解はないだけに日々疑問に思っている。

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「ドラキュラ/デメテル号最期の航海」 [映画]




ドラキュラ/デメテル号最期の航海(字幕版)

ドラキュラ/デメテル号最期の航海(字幕版)

  • 出版社/メーカー:
  • 発売日: 2023/11/29
  • メディア: Prime Video


ルーマニアのカルパチア地方からロンドンまで、謎めいた50個の無記名の木箱を運ぶためチャーターされたデメテル号は、不可解な出来事に遭遇する。見渡す限りの大海原で、毎夜人間の生き血を求め襲い来るドラキュラが出現したのだった。パニックに陥りながらも、生き残りをかけた壮絶な戦いに臨む乗組員たちだったが…。

なにせハマーのホラーファンなもので。
今でもドラキュラ、フランケンシュタイン、ゴーレムとか大好き。
なのでこの映画も劇場で観ようか迷って、
まぁこの手の映画はすぐに配信になるし、
足代を使っていってガッカリも辛いのでやめた。

いきなり船長の可愛い孫、
見覚えがあるなぁと思ったら「カモン カモン」の子じゃないの。
あの巻き毛と大きな目が印象的。
さすがに子どもだから生き残るのかなぁと思ったら、
一番可哀相な殺され方と甦り方。
全体的にコッポラの「ドラキュラ」の影響があるようなデザイン。
ドラキュラが伯爵姿を表さないので、
化け物だけで終わるのはちょと残念。

あの時代だからしょうがないけれど、
生血をいきなり輸血して、
それでそれぞれがピンピンしているのってどうなのか。
原作通りなのかもしれないが、
現代からすると不安になるわw。

まぁもう最初から結末はわかっているし、
おまけにもはや古典ホラーなので、
どこにどんな面白さを持ってくるかなんだけど、
期待したほどではなかったかな。
プライム無料まで待っていたから良いけどw。

コッポラの「ドラキュラ」があるのに、
ここをクローズアップして撮ろうとした根性は立派。
如何せん密室劇(船上)の面白さが、
神出鬼没のドラキュラには通用しないことが残念。

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「においが眠るまで」 [映画]



あらすじ:
匂いに敏感な、ひのき(17)は、
亡くなった父が残した全国のミニシアターで観た映画の感想が書かれたノートを見つける。
ある映画館だけ場所がわからず、匂いのメモや、感想だけが書かれていた。
コーヒー豆の焙煎店を営んでいた父が残したコーヒー豆を配りながら、父の巡った映画館へと旅にでるひのき。
薄れていく父の匂いと、場所のわからない映画館を探しながら、ひのきは少し、大人になっていく。

ロケ地にあの映画館版の御成座と、
シネコヤが使われていると言うことで、
何よりもミニシアターファンとして観なくては!
と言うことで、
ストーリーも出演者も調べずに向かう。
最近このパターン多過ぎw。
でもそれだけシネコヤでかかる映画に信頼を置いている。

ひのきは父親を亡くして、
それを忘れたいがために片付けを進める母の違和感を覚える。
彼女はまだ忘れたくないのだ。
彼女の思い出は「におい」と強く結びついている。
だけどやがてその「におい」も薄れて、
記憶から消えてしまうのだ。

映画館にはそれぞれのにおいがある。
シネコン全盛の今、
どこのシネコンも同じじゃないか、
するのはポップコーンのにおいだよ、
そう言われてしまいそうだが、
まだ入場制限もなく、
コンクリートの床で冬は底冷えがして、
夏は涼しいと言うより寒くなりそうなくらい、
途中退場途中入場あり、
中で飯を食おうが酒を飲もうが、
自由で何の文句も言われなかった時代、
映画館の中は生活のにおいであふれていた。
おととしから去年初めにかけて、
シネコヤは改装をしたのだが、
改造前のシネコヤには懐かしい独特の香央理があった。
それはちょっとかび臭いようなちょっと甘いような、
不思議に心が落ち着く癒されるにおいだった。
改装後の今は多少薄くなったのだが、
それでもやはり独特のにおいをいつも感じている。

秋田の御成座は手書きの看板で有名。
今もまだ手書きの看板にこだわって、
その素晴らしさはSNSでいつも紹介されて、
更にはいつも可愛いウサギが紹介される。
もちろんと言ってはなんだが、
生憎私は行ったことがないので、
どんな館内なのか映像を楽しみにしていた。
期待通りだった。
残念ながらうさちゃんは登場しないが、
外からの眺めで存分に看板が映されて、
中の様子は昔懐かしい田舎の映画館。
一番後ろに手すりがある作りも、
決して人間工学に基づいていなさそうなシートも、
懐かしい限りでそれだけで心が躍る。
そこで繰り広げられるユルい地元の爺さんたちとの会話。
その会話と存在が妙にしっくりとくるひのき。
ここは映画館であり、
街の暇な爺さんたちの社交場でもある。

秋田から唐突に鵠沼海岸。
シネコヤの主人との話が始まる。
この主人はあくまでもシナリオ上の主人。
本当の店主である竹中翔子さんとは見た目と雰囲気が全然違う。
もしかしたらこの人が店主なら、
シネコヤは今のような雰囲気ではなかったかも。
映画関係の本やパンフレットであふれた1階の店内、
アンティーク家具のソファや椅子が置かれた、
2階の落ち着いた雰囲気のシアター。
今そこに座っている空間が、
目の前に映し出されている不思議。
思い出される1階の本のにおい。
夜更けにベランダでたべるシーフードヌードルの背徳感の香りまで、
何とも生々しいくらいに脳内で再生される。

そして次に行き着いた先は、
周りのあるものや特長しかわからない映画館。
でもその映画館も今はなく・・・。

父親のにおいを思い出せるうちに、
そのにおいを再現しようとするする。
そのにおいは父親の日常のにおい、
構成するのは父親が生きた世界のにおい。
夕方になると家々から流れてくる夕食の香り。
それもまた生活の世界のにおい。
ちなみに私が働く事務所は、
ベーカリーがすぐそばにあるので、
窓を開ける季節はパンを焼くにおいで満たされるのが日常。
おそらく他人からしたら、
私にも独特のにおいがあるのだろう。
昔は喫煙者だったのでそれが私のにおい。
今はもうタバコも酒も止めたけれど、
年齢なりの加齢臭とデブの汗臭いにおいだろうか?

ひのきがあの店を継ぐのかはわからない。
でもあの設備さえ残しておけば、
きっと彼女は何かにつけ豆を焙煎して、
美味しい珈琲を入れることができるだろう。
それはにおいに敏感で父親を深く愛していたひのきにとって、
当然のことに用に思える。
でもそれまであの店の香りは封印だ。
次にはひのきが新しいにおいを残すようになる。

たった91分の映画だが、
ものすごく密度が濃くて、
ものすごく満ち足りた気持ちになれる。
両方の映画館を知っている人なら、
なおさらその思いは強いだろう。
こういう形でミニシアターに人が興味を持ち、
足を向けてくれるようになったら嬉しい。

でも自分の席が取りにくくなるのはちょっと辛いw。


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「ジュリアン」 [Amazon Prime Video]




ジュリアン(字幕版)

ジュリアン(字幕版)

  • 出版社/メーカー:
  • 発売日: 2019/11/13
  • メディア: Prime Video


両親が離婚し母と姉と暮らすことになった11歳の少年ジュリアン。離婚調整の取り決めで共同親権となり、隔週の週末ごとに別れた父アントワーヌと過ごすことに。母ミリアムは頑なに父アントワーヌに会おうとせず、電話番号も教えない。アントワーヌは共同親権を盾にジュリアンを通じて母の連絡先を突き止めようとする。ジュリアンは母を守るために必死で父に嘘をつき続けるが、アントワーヌの不満は溜まり続け、ある日ついに爆発する。

最悪の採決をしてしまった、
「共同親権」の恐ろしさ。

冒頭共同親権を争うシーン。
日本でもフランスでも変わらない。
いや、世界中で変わらないのだろう。
収入の過多が俎上に乗る。
父親は訴える。
「息子には父親が必要だ」
けれど息子の供述が読み上げられる。
「あの男が来るとコワイ。 
 あの男が母親を殴る。」

しかし次のシーンに映るのは、
息子を迎えに来た父親のならすクラクション。

なぜ人間というのは、
失うとなると執着心が強まるのだろう。
自分が投げ出したオモチャを、
他の子どもが遊び始めると欲しくなる。
いらないと思っていたのに、
いざ捨てるとなると、
誰かにもらわれるとなると惜しくなる。
そこに愛情などないのに。
愛情があると錯覚しているだけなのに。
そこにあるのは愛情ではなく、
ただの執着心なのに。

ある意味、
この映画では男がバカで、
衝動的に凶行を止められなくなり、
おそらくはこの先そのことが幸いとなる。
でもそこまでの時間、
妻や子供たちは恐怖の時間を過ごす。
あの男が呼ぶ「ジュリアン」という名前、
母親が呼ぶ「ジュリアン」という名前、
その意味はおそらく全く違う意味だと思った。
あの男にとって「ジュリアン」は妻を繋ぎ止める道具、
妻の今を知るための情報員、
息子として呼んでいる様子も可愛がっている様子もない。

そう、この男はバカで良かった。
でももっと陰湿で狡猾な男もいる。
もちろん男女逆のパターンもある。
狡猾に証拠を残さないように、
相手を追い詰めていくことだってできる。
暴力を用いなくても相手にダメージを与えることはできる。
その方が悪質だしダメージも大きい。
そうして相手が弱ったところで頽れるところを待ち構える。

日本も共同親権を採択した。
これによってこの映画のように、
子どもと接見することで、
現在の住所や職場などがばれることもある。
円満に別れた二人ならともかく、
様々な事情で知られてはならない情報を抱えることが多い。
だからこそ共同親権を簡単に許すことは危険。



宗主国がそうだからと言って、
この国までもが、
なぜ100年前に帰ろうとするのか?
確実にこの国は、
明治の法律と権力を目指している。
やがて結婚した女は無能力者となるのだ。
そう思いながら毎日「虎に翼」を見て、
「はて?」と首をかしげながら、
はらわたが煮えくり返る思いを抱えている。

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「実録 マリウポリの20日間」 [NHK-BS1]



第96回アカデミー賞 長編ドキュメンタリー賞受賞
4月26日(金) TOHOシネマズ日比谷ほか 全国緊急公開決定!
2022年2月、ロシアがウクライナ東部マリウポリへ侵攻開始。
戦火に晒された人々の惨状をAP通信取材班が命がけで撮影を敢行し、
決死の脱出劇の末、世界へと発信された奇跡の記録映像

こうした戦場のドキュメンタリーにはつきものだが、
こんなことが起こらなければ、
いくらすぐれたドキュメンタリーであっても、
この映画は成立しなかったし、
作られることもなかったのだ。
本来こんなドキュメンタリーが作られることは、
人類として恥ずかしいことなのである。

アカデミー長編ドキュメンタリー賞受賞を受けて、
NHK-BS1が再放送をしてくれた。
前後編に別れて、
ナレーションは吹き替えられているが、
それでも電波で観られることの価値は絶大である。
BSの世界のドキュメンタリーを見続けるのは、
こういう良質のドキュメンタリーを提供してくれるから。
何度でも言うが、
NHK受信料は、
彼らが作るか買うかに関わらず、
ドキュメンタリーの放送を観るだけで充分ペイすると思っている。

余りにも酷い。
確かに報道では知っていた。
医療機関、それも産科専門病院を狙い撃ちする。
臨月の妊産婦と胎児が死んでいく。
それはもう無残で観ていられない。
ロシアの戦車に刻まれた「Z」の文字。
これが現れる前は未来への希望に満ちあふれていたであろう、
妊産婦と家族たち死んでいくのだ。
助かってもうちひしがれて絶望の表情が写る。
その病院から別の総合病院に患者が運ばれるが、
彼らは外科的な負傷を負っていて、
その上で分娩に臨む。
病院側は産科がないから大変だ。

希望から絶望にたたき落とす攻撃。

なんという残酷で闘志を挫く攻撃。
 
これがゲームなら見事と言うしかない。
マリウポリの町が日々閑散として、
日々破壊されていく様は映画のよう作り物にさえ見える。
でもこれは現実だ。
最終的にマリウポリは廃墟となるのだが、
その様子を如実に映し出すカメラの残酷さ。
けれどマリウポリの市民も兵士も臨んだ。
「この映像を世界に公開してくれ。 
 これがロシアのやり方だということを伝えてくれ」
その声に押されて助けられて、
APの取材班は何とかマリウポリからの脱出に成功する。

この映像が公開されても、
ロシアは「フェイク映像だ。ウクライナの過激派がやっている」
そう言い張って譲らない。

APと言う通信社がフェイクを公開するはずもなく、
ロシアの言い分を誰も信じることはないだろう。
それでもプーチンも即金も譲らない。
そして「これは正義の戦争だ」と言い張る。



ウクライナとロシアの関係は根深い。
ロシアの支配下でウクライナがどんな陰惨な目に遭ってきたか。
ほんの一部しか知らないのかもしれないが、
だからこそウクライナは降伏しないのだと思っている。
彼らはロシアに組み入れられたら、
ほぼナワリヌイと同じ運命が待っていると思って良いだろう。
市民もどんな仕打ちが待ち受けているか。



でもウクライナ侵攻から2年以上経って、
日本人の関心もかなり薄れているだろう。
今はガザの方が関心が高いのかもしれない。
でもどちらも現在進行形だ。
あれもこれもそれも、
関心が薄くなっても現在進行形。
AP通信社は20日間だったけれど、
あの町陥落するまで兵士は粘り続けた。
これは作り物ではない。
フェイクでもない。
だから私たちは観ておく必要がある。
現実の戦争の痛みと哀しみを知っておく必要がある。
「戦争ができる国にする」
そういう時代だからこそ本当の戦争を観るべきだ。
「戦争をできない国」は恥ずかしくも何ともない。
戦争なんてしないにこしたことはない。
生身の人間が傷ついて血を流し、
その命の炎が消える瞬間を、
ボディバッグを埋めていく作業のつらさ苦しさ、
そういう現実を思い知るべきだ。

明日は我が身なのだから。 

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